Mr.エレクトの独り言 「“虚業”無“情”」(2014年6月1日改定済)

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

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「“虚業”無“情”」(2014年6月1日改定済)

諸悪の根元は、本来は責任を持って国内の経済安定のために奉仕すべき立場であるはずの銀行を初めとした金融業が、(しかも国外の株主等の)利益のために業務を行っている事である。

そもそも、貨幣と言うものは言わば通訳の様なもので、異なる質を持った品物やサーヴィスを交換もしくは提供する際、その相対的な価値決定と比較をスムーズに遂行するためにあるもの。

しかるに、一方では野菜を作り、一方では工業製品を作ったものの、双方に“物々交換券”が無いかもしくは不足しているために、生産した商品を消費者に届ける事も出来なければ必要なものを手に入れる事も出来ないとなれば、自ずと景気は冷え込むであろうし、各種産業も衰退しようと言うものだ。

ましてや、“何も生み出さない者”が、(しかも、元々は私達国民から預かったものに過ぎない)その“物々交換券”を貸し出し利子を取る行為や、“投資”と言う名の搾取を繰り返す事によって、持たざる者は更に貧しくなって行くと言うのが現実。

更には、“物々交換券”の供給を絶つ事(貸し渋り、実体経済にではなく金融経済への投資)によって、国民の殆どがデフレ不況に苦しめられ、窒息死させられようとしているのが、昨今の現状である。

“物々交換券”とは、農業で言えば耕作に必要な鍬の様なものであり、工業で言えば工業機械の潤滑油みたいなもの。

よって、それらはあくまでも道具もしくは媒介に過ぎない訳で、それ自体に資産価値がある訳ではなく、そこに人間の労働力(時間x労力)が加わる事によって、初めて価値のあるものが生み出されるのである。

ゆえに、“物々交換券”の発行・管理を扱う業種が本来為すべき事とは、鍬を提供し潤滑油を適正に供給する事であり、それらを独占する事によって、労働者(生産者なり製造者)を冷遇もしくは隷従させる事であってはならないのだ。

アメリカを見れば一目瞭然であるが、かの国は、憲法に照らし合わせれば違法でしかない通貨発行権を持つ民間企業のFRB(アメリカ合衆国の中央銀行制度を司る企業体)がただ同然で発行した紙切れを国に貸付け、更にその利息まで得る事で、国民の冨を吸い上げ、政治家や権力者を思い通りに操り、中央銀行の支配下に無い国家を「テロリスト国家」もしくは「ならず者国家」に指定し、核開発の禁止や“民主化”と言う美名の下に攻撃・転覆・侵略すると言った内政干渉を行使する蛮行国家に成り下がっているのである。

また、中央銀行が持つ通貨発行権だけではなく、制限こそあるものの市中銀行が行なう“信用創造”と言う名の詐欺行為こそが、も重大な問題なのだ。

“信用創造”とは、ものすごく簡単に言えば、Aサンから預かった100万円の預金を金庫にしまったままで、それを元手にBサンやCサンやDサンにもそれぞれ100万円を貸し出し(=又貸し)、しかも利子まで取る事が出来ると言うシステムであり、預金者が一斉に引き出しを行う様な事でも無い限り、市中銀行はAサンから預かった100万円を元手に、市中銀行が中央銀行に預けるお金と預金準備率の制限内ではあるが、預かった預金の数十倍~数百倍に(~理論上では1万倍にも)貸付金を増やす事が出来るのである。

すると、どうなるか?

銀行から100万円を借りた人が、銀行に対し利子を含め(仮に)101万円を返済するとして、そもそも利子分である1万円を市中から余分にかき集めて来なくてはならないのはもちろんの事、それどころか元々は100万円しか存在しなかったはずの預金が信用創造によってBサンにもCサンにもDサンにも貸し出されている(市中の負債が増やされている)ため、銀行側にとっては帳簿上の数字を増やしたに過ぎないお金を、借りた人達は実際に市中からかき集めて銀行に返済せねばらない訳で・・・。

そうなると、市中に存在する貨幣はどんどん銀行に吸い上げられるがゆえ、どう考えても必ず足りなくなり、言わば市中においては返済競争=冨の奪い合いが必須と化し、その競争に負けた者=現金で返済出来なくなった者は現物(担保)を奪われて行き、それを繰り返せば、仮に利子をゼロにしたとしても、自ずと市中の経済なり資産が滅せられて行くのは必然の結果なのである。

それゆえに、本来は“物々交換券”を供給する事によって市中の経済活動を潤滑にする事を最大の目的とすべき市中銀行は利益至上主義の民間企業(←ましてや海外の経営者や株主)に任せる事などせず、すべてを国有・国営化し、“物々交換券”を必要とする企業なり生産者・製造者には貸し渋りなどする事なく、そこで必要とされる額を必要な分だけきちんと貸し出し、そこで得られた利益は国民に還元するために有効かつ最大限に用いられるべきなのだ。

そしてそれは当然、通貨発行権を持つ中央銀行にも当てはまる。

市中銀行同様、中央銀行はすべて完全に国有・国営化し、市中銀行はあくまでも“物々交換券”供給を遂行(政府に代わって代行)する機関、中央銀行は“物々交換券”の発行を遂行(政府に代わって代行)するだけの機関として位置づけ、そこで得られた余剰利益は、民間企業(←しかも海外の経営者や株主)が搾取し吸い上げるのではなく、国民に還元・分配すべきなのだ。

また、これは銀行に限らず、お金を預かり貸す行為=又貸し詐欺を行う企業・団体すべてに対してである。

しかし現在は、日銀の国債引き受けが禁止されているため、外国人株主に支配されている市中銀行が国債を買っている状態、すなわち国民から預かったお金を使って得た利益を国外に流出させている有様なのだ。

お金=貨幣=物々交換券は、確かに便利である・・・がしかし、その便利な道具は、人々が幸せになるために使われるべきであって、一部の強欲な人間が人々から冨を搾取し、地上を支配するためになど使われるべきではない。

“何も生み出さない者”が、お金=貨幣=物々交換券を用いる事によって、更に資産を膨らませ、人々から冨(=本当に価値あるもの)を奪い、世界を不幸のどん底に叩き落しているのが、今の貨幣制度の現実である。

ゆえに、銀行(中央銀行・市中銀行)はすべて国有・国営化し、“物々交換券”による詐欺行為=国外への富の流出を止め、国内の潤滑・安定・富の再分配のためにこのシステムを正しく用いるべきなのだ。

“物々交換券”をやり取りするだけの実体の無い虚業とは、すべからく世の中に不安をもたらし、人々を不幸に貶めるための破壊装置でしかない。

“物々交換券”を初めとした数多の発明品とは本来、人々を豊かに、そして安心して暮らせるためにこそ、使われるべきものなのである。
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