Mr.エレクトの独り言 「極楽=怠け者の支配する楽園」(「蜘蛛の糸」に関する考察~番外編)

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

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「極楽=怠け者の支配する楽園」(「蜘蛛の糸」に関する考察~番外編)

<「蜘蛛の糸」に関する考察>
「蜘蛛の糸」に関する考察その1
「蜘蛛の糸」に関する考察その2
「蜘蛛の糸」に関する考察その3
「蜘蛛の糸」に関する考察その4
「蜘蛛の糸」に関する考察その5(完結編)

・・・さて、改めて「蜘蛛の糸」で描かれた理不尽な仕打ちを考えるに、これは現代社会の“経済至上主義”を現している様な気にもなってきた。

要は、誰よりも早く極楽に到達する事、すなわち誰よりも多くの資産なり権利を先に獲得する事こそが、この争いに勝利するための最大の条件であると言う事。

つまり、勝者は自由にルールを変更する事が出来るゆえ、後から追ってくる者に不利な条件を突きつける事で足を引っ張ったり、権益や情報や教育機関を独占する事で、他の者にはその能力をフルに発揮させない様にする事も出来るのである。

そしていつの間にやら、何も作らなければ何も産み出さない者が、生産者や製造者の作った商品(=資産=労力x時間)を右から左へ動かす事のみで利益を吸い上げると言った構造が出来上がってしまうのだ。

また、その状態こそが、怠け者の支配する楽園=極楽なのである・・・とでも言い表せようか。

ましてや、その力を推し量る目安である“お金”さえをも自由に刷れる権利さえほぼ既に独占されているとなれば、その階級構造の下層であえぐ者達にとってみれば、これを奴隷制度と呼ぶ以外に、何と表現すれば良いと言うのであろうか。

★国外の人間が通貨発行権を持つ事が如何にナンセンスな事であるかは以下・・・
<参考記事>
■「“虚業”無“情”」

・・・となると、江戸時代にあった士農工商って身分制度は、正しかったのかも知れないね。

<注>
(wikipedeiaによると、「1990年代以降、士農工商は身分制度ではなく儒教に基づく当時の概念であると認識が変った」とあるが、ホントかな?江戸時代の優れた統治ぶりを貶めるためだったりして・・・。)

そもそも、考えてみれば“商い”とは、何も作らず何も産み出さない者が、何かを作り何かを産み出す人達が作った商品と商品の交換作業を仲介する事で手数料を得る、言わば中間搾取業に過ぎず、ましてや働き者同士がその労働の成果を必要な物に交換する事をスムーズに行なうために存在する物々交換券たる“お金”を右から左に動かす事のみで結果的に働き者の冨を掠め取る株主や投資家に至っては、もはや駆除すべき寄生虫以外の何物でもないのである。

本来、“お金”自体には実質的な価値などないのと同様に、商人や投資家だけが存在していても何も生まれはしないどころか、それこそ怠け者に行き過ぎた生活保護を支給する様なもの。

何が本当に価値があって、何が本当に大事で、何が本当に必要で、何を本当に尊重すべきなのか?

自分が欲しい物を手に入れるために、誰かが必要としているものを用意する、それが共存共栄=食物連鎖の基本。

「弱肉強食」と言う名の大義名分を振りかざす分をわきまえぬ猛獣も、早々に餌を食い尽くしてしまえば、飢えて死ぬ宿命なのだ。

それにしても・・・。

つくづく思うが、人種間の抗争と言うか偏見と言うものは、理性的ではなく極めて生理的な感覚ゆえ、人々を分断統治(=被支配者に足の引っ張り合いをさせる事で抑圧者に向けられるべき怒りの矛先を逸らさせる政策)するにはもってこいのツールなのだな・・・と。

そのために、日本における被差別部落を徹底的に調査し、出稼ぎに来た渡来人には権力を持たせ、国を追われて逃げて来た者にはこの日に備えて特権を与え現在の内戦状態を作り出した、寄生虫的経済マフィアこと欧州の銀行家の手口には、怒りを通り越して感心さえさせられてしまうと言うものだ。

しかるに、この世を不幸に貶めているのは、人種間闘争でもなければ国家間闘争でもなく、家系間闘争こそがその本質。

よって、昨今推し進められているグローバル化=新自由主義とは、冨や権利を寡占する一族が、構造改革(=国体や文化の破壊=国境を無くす)によって、自分達の配下にある多国籍企業が自由に支配出来る領域を拡大する事、すなわち全人類の経済資本奴隷化を目指すもの以外の何物でもない訳である。

ゆえに、本来はその逆に家庭においても国家においても、「戸締り用心火の用心」・・・要は、外部からの侵略者や寄生虫の侵入を防ぐ事こそが重要であるはずなのだ。

経済は成長し続けなければならないと言うが、それは穴の開いたバケツで水を汲む・・・すなわち外部の寄生虫に冨や資産を吸い上げられているからであり、基本的には国内で冨や資産(=生産物や製造物)がきちんと循環(=食物連鎖)し続ければ良いだけの話なのである。

更には、国内に不足する資源や作物を海外に輸出入する場合においても、いずれも国内で経済活動が成り立っている独立国家同士であれば、どちらかがどちらかの冨を搾取したり食物連鎖を破壊する必要などない訳で・・・。

問題なのは、自国(もしくは自身の家系)の暮らしを豊かにするために、他国の人々の冨を一方的に奪う(=独立を許さぬ)行為であり、それを可能とする構造なのである。

そんな、食物連鎖の輪を乱し、人々を憎しみと奪い合いの地獄に突き堕とす「極楽=怠け者の支配する楽園」の住人に捧げる言葉は一つしかない。

「怠け者、喰うべからず」・・・だ。
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