Mr.エレクトの独り言 「人を殺す権利」(赤字部分追記)

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

「人を殺す権利」(赤字部分追記)

いや~・・・ここ数日、ホントにむし暑いでんな~!!(--;)

・・・なんて、軽い口調で始めてみたりなんかして。

数ヶ月遅れで、やっとアパートの賃貸契約更新を済ませたものの、その分まるまる、店の家賃が遅れてマッセ。(TT)

・・・とまあ、そんな事は良いとして(←良くないけど・・・)、まあしかし、相変わらず色々考えさせられる事件が起こりマスな。

光市殺人事件の遺族の方が、「死刑にしないなら私が自分で・・・」と発言したけれど、事の良し悪しは別として、法律を破ってまでそれをやると言う同氏を、法律の番人である司法や警察は別として、一般市民に過ぎない私が止める事なんて、とても出来ない訳デスよ。

まあ、私とて、その心情は理解出来マスので。

もっとも、それは遺族の方であるから許され・・・はしないけど、実行するしないは別として、そりゃそう考えたって仕方ないよね。

しかるに、赤の他人がデスよ、自分に直接被害が及ばない“誰かの為した悪”を許せないと考えたとして、正義の名の下に「そいつを殺したい」と考えるってな~、どんなもんなのかな・・・とも。

そもそも、“他人の命なり尊厳”を大切に考える事=“正義”であったはずなのに、“他人の命なり尊厳”が踏みにじられた事に対する“正義”の怒りによって、“他人の命なり尊厳”を奪おうって訳だから。

・・・いやいやもちろん、“他人の命なり尊厳”を奪った者は“自らの命なり尊厳”を手放したのだ・・・との見方も出来るが。

それにせよ、被害者でもその遺族でもない自分、つまり“それを許せない俺”が正義の名の下にそいつを断罪する事に、正当性はあるのか?・・・と。

しかも、“人を殺す権利”までも手に入れて・・・。

「“他人の命なり尊厳”すなわち“正義”が踏みにじられた事」が許せないのか?

それとも、「俺の“正義”感が踏みにじられた事」か、もしくは「俺の"気分”が害された事」が許せないのか?

ところで、小学校とかのクラスでイジメをする子って、一口に言えば、“クラスの人気者”じゃないよね。

勉強なりスポーツなりギャグなり漫画なり趣味なりで、その能力なり魅力が認められてる人はそんな事する必要もないし、もし仮に影でこそこそやってたとしても、それが発覚したら現在の地位や評価が下がって、それまで得られてた優越感をも失う事になっちゃうからさ~。

・・・となるとまあ、それでも優越感を得たい=威張りたいとなれば、誰かをイジメでもしなけりゃ居られない訳で、それが自分より弱い者に向かうのは子供も大人も同じなんだよね。

そしたらまあ、本当はそんな時には、むしろ自分より強い人間や偉い人間の悪口言ったりなんかして不満を解消するのが一番良いんだけど、それすら出来ないって事なんだろうね。

そう言う意味においては、イジメっ子もイジメラレっ子と似たメンタリティの持ち主なんだな・・・と言うのは乱暴な話だけど、まあ当たらずとも遠からじと言うか、むしろ同様の境遇にありながらも誰かをイジメる事でそれを解消しようとしないイジメラレっ子の方がなんぼかマシな訳で。

・・・と、それを踏まえて言えば、本来、怒りの矛先は下に向けるのではなく、やはり上に向けなければ駄目なんじゃないかな・・・と。

本当に“人の命”が大事だと思うならば、イジメられて自殺するのも駄目だし、イジメっ子を殺すのも駄目なはずでしょ?

(・・・とは言え、そもそも自殺する人ってなあ、「他の選択肢が思いつかない程に視野狭窄な状態にある」から、そうしちゃう訳だけど・・・。)

いくら“正義”なり“俺”なりの怒りに頭がいっぱいになったとしても、事件に関わった人々の中で一番弱いイジメっ子を殺そうだなんて考えるのは、如何なものだろうか。

・・・なんて、思ったり思わなかったり・・・。(←抗議回避のために優柔不断なふりをする、ズルいボク・・・みたいな。)

そう言えば、イジメラレっ子って、例えば男のくせになよなよしてる子とかがその標的になったりもするよね?

そう考えると、例えばほら、なんとかシンゴってニュー・ハーフ芸人が居るじゃない?私は全然ファンでもないし彼の事なんかどうでも良いんだけど、男性で、あの手のパーソナリティを異常に嫌う人って居るでしょ?

それもきっと、「男はかくあるべし(=“正義”)、だからお前の様な奴は、“俺”がその根性を叩き直してやる!!」・・・てな崇高な気持ちがその根底にあるんだろうね。

・・・実際には、批判してるその本人こそが、男はかくあるべしと言う基準を自分自身が満たせないでいる、劣等感の塊だったりするのが常なんだけど。

イジメも、それに似た所があるよね。

だから、「キモい!!」だとか「死ねや!!」って酷い言葉も平気で言えるし、もし仮にその相手がそれで自殺したとしても、“人の命”よりも(俺の)“正義”の方が大事なんだから、何ら問題ないって事。

・・・にしても、百歩譲って子供はまだまだヒトより獣に近い存在な訳だから少年法で守られても仕方ないにせよ、いい大人が殺人予告なんかしたら逮捕されるに決まってるよね。

それこそ、子供が真似しちゃうよ。

いずれにせよ、奇麗事ばっかり言ってても問題は解決しないし、「耐える事」にも人それぞれその限界は必ずある訳だからして・・・。

やっぱ、「耐えられなくなったとしても、絶対に死んだりなんかしちゃ駄目だ!!もしそうなったとしたら、とにかく誰でも良いから助けを求めなさい!!」・・・と、強く言い聞かせるくらいの事しか出来ないかな。

自殺する人は、「もう、あの世以外に逃げ場はない」とまで思い詰めちゃった訳だから。(・・・と言うかそれ以前に、“あの世”なんてものもないけどね。)

何にせよ、もしも“正義”なんてものが本当にあるとするならば、それは自分を“活かし、なおかつ”他人を“活かす”事であるはず。

だけど、“他人の命や尊厳”を踏みにじる(軽視する)事で成り立つ、この野蛮な社会構造を甘んじて受け入れている私達大人がそんな事言ったって、何の説得力もないかしら?

大人の世界じゃ、「イジメ」=「疎外」は、日常茶飯事だからね。(--;)