Mr.エレクトの独り言 「秩序による支配」

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

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「秩序による支配」

求めるものが何であるかと言えば・・・。

「秩序による支配」・・・だ。

何故なら、「人間による支配」は、その人物の思想や信条だけならまだしも、感情や欲望・・・すなわち私益を追求する利己心に基づく、気まぐれかつ一方的かつ抑圧的なものになりがちだからである。

・・・もっとも、家庭内、ひいては特定の集団内や国家においては、ある一つの条件を満たす事によってのみ、それは正当化されるのだが・・・。

その条件とは、「支配者が責任を負う事」に他ならない。

国民的アニメ「Sザエさん」で言えば、N平は外で働いてお金を稼ぎ、家族を養い護る責任を全うしているからこそ、FネやSザエに対して偉そうにも出来るし、Kオをどなり叱る事も出来るのである。

これが、毎日働きもせず酒だけ喰らってたらどうだろう?

おそらくI野家は、恐怖や暴力で家族を支配化に置く愛のない封建家庭となるか、いつしかFネによる熟年離婚、もしくはKオからの親殺しと言う逆襲にあってしまう事であろう。

・・・あるいは、その様な理不尽な(=正当性の無い)支配と抑圧は、子供達の人間性を歪め、その子もまた親同様の方法論を踏襲するか、悲観主義がもたらす鬱で自虐的な生き方を選ぶ事になるのだ。

・・・もっとも、万に一つの可能性で、そう言った親(=理不尽な支配)に反逆し、自ら真逆の生き方を選ぶ子供も居ない訳ではないが・・・。

しかるに、いずれにせよ逃げ場のない状態、すなわち自活する能力のない子供時代に、家庭と言う閉鎖空間の中でそんな親と四六時中過ごさねばならない状態などと言うものは、言わば“一神教による洗脳”とほぼ同義なのである。

百歩譲って、子供をその様に育ててしまった親は、封建家庭と言う方法論を踏襲(=世襲)させる事でも何でも良いから、その子が社会において名実共に自立するまで、その責任を負うべきであると私は考える。

・・・そう、家族を養い護る親にせよ一神教の洗脳を施す親にせよ、子供を生み、人として育てる責務を親ならば放棄してはならないし、それが出来ない人間には、子供を生む権利も育てる資格もないのだ。


・・・とは言え、そんな親を弁護する訳ではないが、その様な親失格の人間を生み出すのもまた、責任を取らず自己の利益だけを貪り、更にはその構成員にまともな教育を施さぬ事で自らの地位の確保や安定を図る支配者が君臨するこの社会である事もまた、疑い様のない現実であろう。

要は、簡単に言えば、これこそが負の連鎖であり、イジメの連鎖の正体なのだ。

また、それらすべての原因こそは、人間が自己の欲望を最優先して生きようとするその姿勢に基いており、その様な野蛮な状態を克服し解決する方法こそが、今回のテーマ「秩序による支配」なのである。

そもそも、人間は他の動物に比べ高度な知能があるゆえに、実はもっとも残虐にして野蛮な生き物なのだ。

・・・と言うと、例えば「シマウマを襲って食い殺すライオンの方が残酷だ」と、おっしゃる方も居るかも知れない。

しかしそれは、ライオンがライオンとしての性質、そして自然界の掟、更には食物連鎖と言った、地球上における生命循環の法則、すなわち“ルール”なり“秩序”に従っているにだけに過ぎないのだ。

よって、動植物と共に地球に住まわせてもらっている私達人間に求められているものとは、乱暴に言えば人間が持つその高度な知能を捨て去るか、もしくはそれがいやなら、その能力を最大限に生かして、大自然のルール=秩序を尊守する生き方を、個人個人、ひいては社会全体で成し遂げる必要があると言う事なのではなかろうか・・・と。

あるいは、それをものすごく簡単な言葉で言い換えるならば、誰もが気分良く暮らせる事・・・否、人間だけではなくすべての動植物が、それぞれが持つその特性を発揮する事こそが、地球と言う惑星の繁栄にも繋がるのではないのだろうか?・・・とも。

そう言う意味においては、人間が最も、持ち得るその特性を活かしきれていない・・・と言うより、自らのその能力を用いるどころか、それを知る事さえも妨げられている・・・と言えようか。

子供を人間として育てない親の教育、そしてその様な親や環境を産み出す元凶である、人間が本来持ち得るその能力を制限する事によって自らの利益や地位の確保を図る独占的支配者。

その様な、人間や生命の尊厳を冒涜する者、もっと言えば大自然の法則を破壊する地球の支配者ならぬ“地球への反逆者”達を断罪し排除する事なくして、真の平和が訪れる事など、未来永劫あり得ないのである。

それゆえに、「人間による支配」を「秩序による支配」へと変革せねばならず・・・。

そのために、被支配者階級である私達が為すべき事とは、「人間への従属」を「秩序への従属」へ、そして「他人への依存」を「他人との共存」へと、自らの意識や行為を転換させて行く事にあるのだ。

そしてまた、それこそが、年齢だけを重ねた大人と言う名の家畜としてではなく、「人間としての自立(もしくは独立)」と呼べるものなのだ・・・と、私は考える次第なのである。


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