Mr.エレクトの独り言 「一神教ファシズムの是非」

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

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「一神教ファシズムの是非」

家庭なり国家なりと言った、特定の集団を一つにまとめ率いるためには、強い指導者かもしくは確固たる秩序が必要不可欠となる。

そこで、強い指導者とはどの様なものを指すのかと言えば、統率力もそうであるが、一切の責任を負う覚悟があるのか否か?と言う点も、非常に重要な問題となるであろう。

何故なら、統率力のない指導者、無責任な指導者に率いられる事ほど、人々にとって不幸な状態はないのだから。

また更に、統率の方法には大きく分けて二種類あり、一つは指導者が持つ思想に人々を従わせる方法と、もう一つは人々の多様な価値観を認める方法・・・であろうか。

ちなみに前者は、外敵との争い事等、一致団結して一つの目的を達成せんとする場合には非常に有効なのだが、一方では個体差を容認しないと言う点において、一部の人々にとっては実に息苦しく生き難い世の中となる恐れがある。

・・・そして、その方法論を“一神教ファシズム”であると定義するとして・・・。

しかるにその点、後者の場合は、人々をまとめ率いるに辺り指導者にはより多くの知恵と労力が求められる代わりに、その集団内には多様な思想を持った人々が混在するゆえに、想定外の災いに対しても対応出来ると言う強みがあるのだ。

要は、アリもそうであるが、全員が同じ行動をしていたら、例えば洪水が来た時にその種族は全滅してしまうが、別の行動を取る者が居る事によってそれを免れたり、誰かしらがそれを防ぐ方法を編み出すなり危機を察知する事が出来るかも知れないと言う話なのである。

そう言った意味合いにおいて考えれば、本当に強い指導者、本当に強い集団とは如何なるものなのか?と言う事がおぼろげながらに見えて(解って)くるのではないだろうか。

言い換えれば、一神教ファシズム思想を持った指導者なり集団は、変化や変動に対応出来ず、未知なる可能性も閉ざしてしまいがちであるがゆえに、外敵からの攻撃にこそ強いかも知れないが、一旦その教義(支配の口実)を正当化するための力なり報酬(=飴と鞭)が通用しなくなってしまえば、その集団の構成員の間に不満が生じて内部から崩壊してしまう事も当然の如くに在り得るのだ。

更には、その様な一神教ファシズム下にある集団なり指導者と言うものは、自らの思想を堅持し自集団の繁栄を維持するためなら、その教義に殉じて死ぬ事をも平気で美化するし、何よりも、異なる思想を持つ者や他集団を迫害・殺戮する事をも“正義”と呼び称する事をも平然と為せるのである。

・・・とは言え、それが弱肉強食の掟であり人間社会のあるべき姿であると言うのであれば、何ら異論はないが。

・・・で、じゃあ何故、集団の指導者なり王様が一神教ファシズムを布教するかと言えば、“個人”が持つ能力なり魅力と言った“実力”にではなく、“神様(=偶像)”なりある特定の教義を人々に信仰させ従属させ続けておけば、指導者なり王様が実力がない子孫にも権力を引き継がせる事・・・すなわち世襲を公認の下に受け入れさせる際に都合が良いからなんだよね。

・・・とそこで、自分は無宗教だから関係ないと思っている貴方。

ところが、貴方が育った家庭、そこで培われ形成された価値観ってのも、ある意味宗教の信仰に近いものなんデスよ。


例えば、「トンカツにソースをかけるか醤油をかけるか?」・・・こんな問い一つとってみても、多様な味付け(=価値観)を許容出来るか、あるいは絶対にこれじゃないと駄目だ・・・とか、更には他人とは言わないまでも配偶者や子供にはそれを押し付ける様なヒトも居るからね。

重要なのは、「異なる価値観(=教義)を認めるか排除するか?」って部分。

それを考えたら、もっと重要な案件でもそれぞれの思想なり価値観が対立する可能性がある訳だから、昔みたいに妻(=女)が耐え忍ばない現代において離婚が増えるのも当然の成り行きって事かな。

もっと言えば、親殺し・・・。

普通の親なり一般家庭の下で育った人からしてみれば、「そんなのとんでもない!!」って事にもなるんだろうけど、あっちの親や家庭環境は自分が過ごしてきた環境や人生とはおそらく大幅に違うんだから、「その立場になって味わってみろ!!」とまでは言わないけれど、「せめて想像力くらい働かせろよ!!」って話。

こう言った、「自分とは異なる価値観を容認もしくは想像すら出来ない」ヒトなり、「他人の立場に立ってものを考えられない」状態にあるヒトの事こそ、まさしく“一神教ファシズムの盲信者”であると、私は言いたい訳なんデスよ。

世の中には、色んな人種(=国籍や肌の色の違いではなく)が居るんだしね。

・・・これは近年になって解った事だけど、要するに私の人生はそれ(=一神教ファシズム)に苦しめられた人生であり、自分が嫌悪し未だに抵抗し続けてるのはそれ(=一神教ファシズム)なんだな・・・と。

・・・もっとも、これが自分に課せられた宿命であり使命であると、今は達観してるけどね。(--;)


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