Mr.エレクトの独り言 「自己暗示のススメ」

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

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「自己暗示のススメ」

月末と言う事もあり、昨日から異常に忙しかったり焦ったりで、只今ストレスの絶頂っス!!(@@;)/

テレビ番組で催眠術なんかを披露しているのを見てると、人間の感情とは如何にいい加減なものなのか?・・・と、感じさせられる。

・・・と同時に、「心頭滅却すれば・・・」ってな故事は、その様な真理をズバリ言い当てているんだな・・・とも。

そこで今回は、私がいつも用いている、苦しみや焦燥を回避するための自己暗示の呪文をお教えしよう。

これは、ちょうど今と同じ状態、すなわち肉体的にではなく精神的に「頭痛い」状況にある時につぶやく言葉なのであるが・・・。

「頭痛い(アタマイタイ)と言うか、イタマウタイと言うか・・・。」

ノリ(?)の良い時には、これが更に・・・。

「ウタマエタイと言うか、エタマオタイと言うか・・・。」

・・・と続くのであるが、この呪文をつぶやくと不思議な事に、少なくとも「頭痛い」気はしなくなるのである。

何せ、「頭痛い」と言う言葉が持つそのネガティヴ・イメージの強さもさる事ながら、その苦しみに抗う気力さえも奪ってしまう程の魔力が、この「頭痛い」と言う言葉にはあるのだ。

よって、「頭が痛い」と感じる時、更にその状態に追い打ちをかける様に「頭が痛い」とつぶやくなり脳裏でその言葉を繰り返し続けると、「頭が痛くなくなる」どころか実際には「頭が痛いに似た精神状態」であったはずが、本当に「(具体的かつ肉体的に)頭が痛く」もなってしまうのである。

ゆえに、「アタマイタイ」を「イタマウタイ」なり「ウタマエタイ」に変換して繰り返しつぶやけば、現在の状況が「頭痛い」と言う具体的かつ苦しい状態から、何だか良く解らないファジーな状態にあると自分に思い込ませる事が可能となるのだ。

おっと、それを「現実逃避」と呼ぶ方も居るであろうが、それは筋違いな批判と言うもの。

何故なら、まず第一に「頭が痛い」状態と真正面から向き合ってそれを解消する事など人間には無理だし不可能だからである。

もっとも、「頭が痛くなる」その元凶を取り除くなり問題を解決すれば「頭が痛い」気分も晴れるであろうし、本来はそうすべきである事も重々承知の上だ。

しかるに、それでは果たして「頭が痛い」と言う形勢不利な状態で、目の前に突きつけられたその問題を解くなり障害を乗り越える事が出来るだろうか?

・・・と言う話なのである。

そもそも、「現実と向き合う」と言う事は、どう言う事か?

それは、不必要な重石を背負ったままで問題に取り組む事でもなければ、明らかに克服不可能な難題に対して盲目的に立ち向かう事でもないはず。

つまり、「現実と向き合う」事は最終目的でもなんでもなく、それはあくまでも問題解決や障害を克服する際において最も適した方法を導き出すために行なう、闘いの前の言わば準備行為に当たるのだ。

そう考えれば、たかが「頭痛い」くらいの事で「頭痛い」などと考えていたのでは、いつまで経っても問題を根本的に解決する事など出来ない・・・との結論にも至るはずなのである。

要は、真に目的を達成するためには、それ以前に真の目的が何であるのか?を知る必要があり、そのためにこそ「現実(=根本的な元凶)と向き合う」必要もあるのであって、私に言わせれば、むしろその反対に「頭が痛い」と感じる事自体が「現実逃避(言い訳)」であるとさえ言えるのだ。

頭なんか痛くない!!

「アタマイタイと言うか、イタマウタイと言うか、ウタマエタイと言うか、エタマオタイと言うか、オタマアタイと言うか・・・。」

「アタマイタイと言うか、イタマウタイと言うか、ウタマエタイと言うか、エタマオタイと言うか、オタマアタイと言うか・・・。」

「アタマイタイと言うか、イタマウタイと言うか、ウタマエタイと言うか、エタマオタイと言うか、オタマアタイと言うか・・・。」


だがしかし・・・。


「だからと言って、目の前にある難題がそうそう簡単に片付けられる訳ではない」・・・と言う事も・・・。


これまた現実なんだよね~!!(TT)
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