Mr.エレクトの独り言 ゴキブリコンビナート鑑賞記(2005.8.12.)
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Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

ゴキブリコンビナート鑑賞記(2005.8.12.)

ゴキブリコンビナート第19回公演「君のオリモノはレモンの匂い」at新宿タイニイアリス

4日連続公演の2日目を観覧。この日、天気予報は雨だったが、公演終了後、店に戻るまで雨も降らず助かった。とは言え、私の洋服はびしょ濡れ。なんで?・・・その答えは、以下の本文を読んでおくんなまし。

しかし、失礼ながら、かなりの入場者数にビックリ。200人近く居たのかな?そして、タイニイアリスと言う地下スペースに設置されたステージを見て、再びビックリ。なんと、正方形の部屋の中央に、20センチぐらい?の深さ?に水を張った、やはり正方形のプールの様な池のセットがあり、これがメイン・ステージとなる。そして、その池を取り囲む様に、人が2人ずつ通れる程度の客席。更に、池の廻りを、ビル建設現場の足場の様に、木の棒が立体的に組まれ、長い辺の方には、上から見下ろす形で、やはり人が二人通れる程度のスタンディング2階席が設けられ、そして短い辺の後方にあたる部分には、割と広めの、座れる2階席。そして正面にあたる同個所には、もうひとつのステージ。と、単なる地下室が立体的な舞台に作り替えられていた。更に、池にはセットとしての木が数本生え、中央の木には、上から水が流れ落ちている。さながら、ジャングルの中の野外ステージ。しかも、出演する役者らも、ステージ廻りの組み木の上を移動し、下の池めがけて飛び降りて登場したり、組み木の上を逃げ回ったりと、その構造をフルに活用していた。

ところで、ゴキコンと言えば、3K(すなわち、キツイ、汚い、危険)ミュージカルを自称しているが、この日も、ステージ・サイド席の客にはレイン・コートを貸し出すなどしていた。なんせ役者が池で転んだり暴れたりするので、泥水?がバンバン飛び散るのだ。しかし、会場内はかなりの熱気で、これまた熱帯のジャングルの如しだったゆえ、レイン・コートを着ていると、更に暑かった事だろう。ちなみに2階のスタンディング席で観ていた私も、汗でびしょ濡れであった。

しかし、楽しかった。面白かった。2時間弱があっと言う間に過ぎた。実を言うと、私は、演劇やミュージカル、果ては映画にすらほとんど興味が無いのだが、今回の公演は、演劇と言うよりミュージカルで、常にビートのある音楽が鳴り続け、セリフよりも歌がメイン。これも飽きさせぬ原因であったろうが、なるほど、取り扱う内容が、希望に溢れたポピュラーなものであれば、世間の人々がミュージカルなるものに夢中になる理由も解るわい・・・と、一人納得のこころ。では、その逆に、救いの無い特殊ミュージカルである本作について解説しよう。肝心のストーリーについての細かい説明は省くが、登場人物と場面が目まぐるしく変りつつも、すべてが関係性を持ち、しかも、それがすべて螺旋状の負の連鎖、逆“わらしべ長者”的に、負が負を呼び、不幸が不幸を呼ぶが如き、底辺の被差別人種達による、醜く愚かな人間絵巻が描かれつつも、マイナスにマイナスを掛けたらプラスに転ぢたとでも言うのか、不幸中の幸いと呼ぶべきハッピー・エンド?に向けて、破滅への坂道を、足を引っ張り合いながら転がり落ちる登場人物達。ここには、人はどんな境遇にあろうとも、幸せを見つけ出す努力を怠ってはいけないと言う教訓があるのだ(・・・って、ホントかよ!?)。

何にせよ、私が最も感銘を受けた点は、役者達の体当たりの演技ぶりである。否、そんな事は当たり前だと言ってしまえばそれまでだが、どう考えても、あまり人が好んで選ばぬ題材をあえて選び、それをリアルに表現するために、時には泥まみれになり、時には全裸で逆さ吊りにされたりと、通常は“汚れた振り”だけしていれば良い事も、実際に“汚れる”彼らを観ていると、ある共通の目的を持った集団が、それを達成するために力を合わせ、全力を注ぐ姿と言うのは、悪くないものだなと思ったし、更に言えば、その様な集団行動の苦手な私にとっては、彼らの事が、うらやましくさえも感ぢられたのであった。

いつの時代も、実際に行動する者は美しいものだ。

私は、この貴重なる演劇集団に、1万人の観客が集まって欲しいなどとは思わない。否、彼らがそれを望んでいるのであれば、それはそれで否定しないし、より多くの人から賞賛されると言う事は決して悪い事では無いし、経済的な面から考えても、そうなれば良いなとは思う。しかし、肝心なのは、“私の気持ち”なのである。私以外の、100万人の人間が、どれほど感動しようと、それは“私の感動”では無い。ただ単に、100万人の人間の、その一人一人が感動しただけの話である。そう言う意味で、私にとっては、私自身が感動したかどうかと言う点こそが最も重要なのである。

また、私自身は、どちらかと言うと、決して上品な人間などでは無いが、実を言うと、下品なものをそんなに好きな訳では無い(その点、良く誤解されるのだが・・・)。ゆえに、下品さを売りにしているゴキコンに対し、あまり良い印象を持っていなかったのも事実ではある。しかし、実際に観劇してみて、ゴキコンは決して、単に下品なだけの劇団では無いのだとも感ぢた。確かに、露悪的と言うか悪趣味と言うか、世間からは“下品である”とされているものや、社会の底辺に属する人種ばかりをテーマとしているが、それらは現実の世界に実際に存在するものであり、彼らの演劇に登場する人達は、卑しいなら卑しいなりに純粋であり、間違っても、自分を上品だとか美しいなどとは思ってはいるまい。それに比べ、上品ぶった人達のこころに見え隠れする、他人を見下す卑しいこころの方が、私にとっては、たまらなく下品に思えてしょうがないのである。真に上品であると言う事は、自己のこころの中にもある下品な部分に目をつぶるのでは無く、自己の下品な部分を認識しつつ、それらの衝動や欲求に安易に身を任せず、その醜い本性に対して、常に逆らい続ける姿勢では無いかと思う。

私が考えるゴキコンの魅力とは、“上品だとされている事”に対する“当てつけ”であり、“嫌がらせ”であり、“アンチの姿勢”である。

ゴキコンがやらねば、誰がやる!?

↓当日のフライヤー裏面
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