Mr.エレクトの独り言 ゴルゴ13才

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

ゴルゴ13才

しかし、おかしな話である。

もしも、今、幼児虐待や、子供を殺す映画を作ったら、間違い無く上映禁止か上映自粛の憂き目に遭うであろうが、何故に「ゴルゴ13」は、テロリストであり人殺しであるにも関わらず、いつの世も、何のお咎めも受けないのか?

「ルパン3世」は、貧乏人からは盗まないし、人も殺さないから良いとして、確かに、ゴルゴの標的となるのも、世界的に重要な人物や、何かいわくのある人間だったりするが、それはあくまでも報酬が桁外れゆえ、依頼人が限定されているからで、彼は、自分の身の安全を守るためならば、遂行すべき業務とは無関係な民間人も平気で殺すであろう。・・・とは言え、そもそもがプロゆえ、無駄な労力を極力排除するため、余計に人間を殺さねばならないシチュエイションにはならぬ様に努めはするだろうが・・・。

そう言えば、うろ覚えだが、あまりに遠距離からの狙撃のため、現実では有り得ないと言う事で無罪を勝ち取ったエピソードがあった様な気がした。そうか、ゴルゴは超人であるため、物語に現実味が薄く、更には、誰も真似出来ない、高等技術を要する芸当ゆえ、おそらく、あれはある種の“SF”であると言う解釈から、許されており、また、英雄視さえされているのだろう。

そう考えると、同ぢ人殺しでも、弱い者を殺したり、子供を殺したりする様な漫画であれば、倫理的にも道徳的にも許されないのはもちろんだが、一番に問題なのは、取り扱う題材よりも、それに影響を受けて真似をする(真似の出来る)人間が現れる事であろう。

トナルト、あらかぢめフィクションであると謳っている漫画や映画よりも、むしろ現実のニュース報道の方が問題ではなかろうか?否、どちらの方が悪いとは言わないが、ここ数年の凶悪事件や劇場型犯罪の殆どは、マスコミによる過熱気味の事件報道にも、その一因がある事は否めない。

これはあくまでも、私の主観であり、おぼろげな考えだが、昔は、“人を殺す”と言う事は大変な事で、物理的にも精神的にも、そう簡単に人は殺せなかった様な気がする。しかし、近年の情報社会においては、“人は殺せる”し、“人は人を殺す”と言う事が、日常化している様に思える。真実を報道する事は、事故や犯罪から身を守り、自衛すると言う点では必要かも知れない。しかし、その報道が原因で、犯罪者を増やしてしまっては、元も子も無いのではないだろうか?

幸福な人間や、熱中するものがある人間は良い。しかし、出口が見つからず苦しんでいる様な人間にとって、人殺しや犯罪と言う、最悪な“解脱のヒント”を教えてしまう様な報道のあり方は、非常にマズイのである。

“人は殺せる”と言う事実が認知され、“人は人を殺す”事が日常化している時代とは、すなわち人殺しが珍しくない時代である。

・・・と言う事は、要するに、“人殺し”に対しての罪悪感や嫌悪感も薄いと言う事だ。そんな時代に、「人殺しはいけない」なんて、いくら声高に叫んでも、まったく意味の無い話である。

しかし、“自分より弱い者を殺す事”は、“愚劣極まり無く、人間として最も恥ずべき行為である”と言う事は、殺人事件における犯人の動機を詮索したり、事実関係を事細かに報道する事より先に、人々に強く訴えるべきであろう。

もちろん、それが人間、引いては生命体の、本質的な特性であろうとも・・・。

要するに、“法律を守る事”以前に、“恥を知る事”に重きを置くべきであると、私は考えるのである。

・・・そう考えると、その逆に、“人殺し”や“犯罪”さえしなければ何をしても良いのだと言わんばかりの世の中に、救いなど無いと言う事も、自ずと理解出来ようと言うものだ。