Mr.エレクトの独り言 広島パンク~ハードコアの歴史⑧

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

広島パンク~ハードコアの歴史⑧

さて、ザ・スターリンのSTOP JAPツアー、広島ウッディ・ストリートにおけるライヴの5日後である、1982年8月4日、広島市青少年センターにて、LIVE SQUARE QUEST主催による、「第一回 無名人コンサートS」が行われた。

★当日のチケット。(諸事情により、実際には無料コンサートとなったはず。)
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出演は、主にQUESTで行われていた「無名人コンサート」出演アーティスト達で、ゲストには、“ライスボール”と言うバンドが出演したのだが、これはいわゆる社会人バンドか、あるいはセミ・プロのバンドだったと思う。ハード・ロックっぽいバンドだったのかな?まったく覚えて無いよ。以下に出演者を列記すると・・。

<出演(演奏内容)>スティル(マイケル・シェンカー・グループ他)、MUSE(ラウドネス等)、マドンナ(ARB等)、REACTION(THE MODSのみ)、クライスト(ハウンド・ドッグ、キャロル、サザンオールスターズ)、ネーヴィ(J,L&C、柳ジョージ)、ロックンロール(ブレイン・ウォッシュ・バンド、THE MODS「ゴキゲンRADIO」、横浜銀蝿)、内海しげる(オリジナル)、ペンギンバンド(山下達郎)、ママポリス(不明?)、Johnny Blue(アナーキー、ARB、THE MODS「ゴキゲンRADIO」)、THE STOIC(RCサクセション)、尾行された子供バンド(子供バンド等)、LSD(ザ・スターリン)、THE CHARISMA(オリジナル、THE CLASH、HEARTBREAKERS、R・ストーンズ)。

まあ、へヴィメタとか、どうでも良いバンドの解説は省略するとして、上記を見ればTHE MODSの「ゴキゲンRADIO」が、パンクと言うよりは、ヤンキーや不良のアイテムであった事が解って頂けるだろうか。その点、REACTIONは、ファッションに至るまで、ストイックなまでに、THE MODSの完コピをしており、ヤンキーには無い、生真面目さが伺われる。

THE STOICは、恥ずかしながら筆者のバンドで、演奏終了後に司会者とのやり取りがあるのだが、キヨシローの影響もアリ、「俺はスターだ、俺は神だ」と、現在の謙虚な筆者とは思えぬ暴言を吐きまくり、多数の観客から「帰れ」コールを浴びると言う栄誉(?)に与った。キャッ!!恥ずかち~!!

ヤブキとナカガワのLSDは、それまでのTHE MODSのコピーから、ザ・スターリンのコピーへと、レパートリーを総入れ替えしたのだが、以下、その曲目を当時の資料に基づいて記すと・・・(カッコ内は筆者注釈)。

STOP GIRL、STALINIST(←アーチスト?)、MISER、爆裂(バースト)ヘッド、ロマンチスト。

「STALINIST」が「アーチスト」であったかどうかについては、記憶が無いのだが、他がすべて「STOP JAP」からの曲であるのに、何故、ここで「アーチスト」なのか、謎である。この日、ヤブキとナカガワは、何とかって言うスプレーで、ライヴ用に、髪の毛を金髪に染めていた。何にせよ、LSDは、筆者の初めて観た、スターリンのコピー・バンドと言う事になる。

以前にも紹介した、THE CHARISMA(カリスマ)については、後の歴史にも登場するが、代野と言う男がヴォーカリストで、オリジナルの他には、クラッシュのコピーやジョニー・サンダースの「チャイニーズ・ロック」等をレパートリーとしており、おそらく、THE MODSやロンドン・パンクに触発されて、オリジナルを作る様になったのだと思われる。ただ、筆者にとっては、THE MODSは、3rdアルバム「LOOK OUT」がパンク・ロック色の薄い作品だった事もあり、当時は既に、そのスタイルが古臭く感ぢられたのも事実であった。

その夜は、QUESTで打ち上げがあり、当日のライヴを収録したビデオを観た記憶があるが、現在、そのビデオは誰が持っているのだろうか?持ってたら、筆者の出演部分は永遠に消去して欲しいものだ。(・・・でも、ちょっと観たい気もする、自虐的なボク・・・。)

更にその後、電車が無くなり、確か“ロックンロール”のメンバーの家に、ヤブキ、ナカガワと共に泊めてもらった。

そして、高校3年の3学期を迎え、しょせんヘルプ的な一般生徒はバンドから抜けて行き、この日の出演者の中から、新たなバンドがいくつか再編される事となる・・・。

(つづく)

★左が、出演者用のセッティング図及び演奏曲目掲載台本。右が告知フライヤー。
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