Mr.エレクトの独り言 見たうえで跳べ

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

見たうえで跳べ

能力の偏りこそ、才能。

しかし、能力が偏ると、生きにくい。

とは言え、何故生きにくいのかと問われれば、色々と困る事があるからで、何故困るかと言えば、多くの人間が居る中で暮らしているからである。

動物も虫も、それぞれ特殊な能力を糧に生きている。

何故、人間だけが、あれもこれも出来ないと、人より劣るとされるのか?

何故、人間だけが、“違い”や“差異”を許容出来ないのか。

何故、異なる考え方の持ち主との会話を楽しむ事が出来ないのか。

それが、あまりに聞き飽きた下らない考えであれば別だし、自己の思想との違いや差異を許さず、他人を強制的に、自分と同化(あるいは隷従)させようと言うのであれば、もっての他ではあるが・・・。

そもそも、(自分から見た)他人を認めないと言う事は、(他人から見た他人である)自分を認めないと言う事でもある。

何故なら、この世に、未来永劫不変な絶対的な価値基準など無いのだから。

人は、それぞれ違うから、面白い。

人と人とは違うゆえに、自分の存在にも意味があるのだ。

自分の存在が認められない、あるいは、他人の存在を許せないからと言って、大声で、あるいは力ずくでそれをねぢ伏せた所で、それが何になろう。

それでは単に、強い者が勝つと言う、弱肉強食の論理を振りかざしているに過ぎない。

そして、また、数(多数決)の理論も同様である。

・・・だけど、それで良いのかも知れないな。

こっちはこっち(自分は自分)で、意味のある無しを判断する様に、あっちはあっち(他人、あるいは世間)で、意味のある無しを判断する訳だし。

仮に、私自身が少数派であるとして、もしも私が、自分が少数派である事を悲しく思っているとするのであれば、結局の所、私も多数決の理論に服従しているに過ぎない。

ゆえに、それを認めはするが、それには従わない。

よって、強制的な圧力には、断固、屈したくない。