Mr.エレクトの独り言 “自”動説

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

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“自”動説

目的が邪悪であれば、そこに用いられる言葉なり思想がすべて邪悪かと言えば、そんな事は無く、例えば、表面的には、清さを持ち合わせている場合もある。

問題なのは、表面的に清いからと言って、その背後にある本心や邪心をも、清いものだと思い込んで、すべてを盲目的に受け入れる事である。

それは、一見、自発的に見えて、実際は、その対象となるものに依存し、思考停止しているに過ぎない。

バナナには皮があり、リンゴには種があり、魚には骨がある。

“食用”と言う観点から見れば、それらは邪魔なものであり、無駄なものであるが、別の観点から見た場合、それらは非常に重要なパーツであろう。

要は、自分にとって、必要なものと、そうでないものとを、区別すれば良いだけの話なのである。

もちろん、良い部分さえをも腐らせてしまう可能性のある要因であれば、早急に取り除く必要があるが。

しかし、何と言うのだろうか・・・。人間における癌細胞と言うものは、人間の健康な身体や精神を蝕むものであるが、その逆に、人間の身体や精神を健全な方向に持っていく、優良な細胞なりウィルスってのは無いものだろうか。

例えば、癒しは、誤魔化しとも言えるが、リフレッシュのための、一時の休息としては有効であろう。

とは言え、生まれた時から“死”に向かう宿命を背負った生き物にとって、休息こそあれど、時間が逆流する事など有り得ないと言うのも、また事実。

それに、その様な疑問は、そもそも、過去何万人もの賢人や、悩める人種が、問い続けた命題であろうから、きっと、それなりの解答なり、解決法も用意されているはずではある。

もしも、強制(矯正)では無く、洗脳でも無く、極自然に、偶然、それを見つける事が出来たなら、それを“幸運”と呼ぶのであろうか。

あるいは、求めれば開かれる扉の如く、叩けよ、されば開かれる・・・のであろうか。

もっとも、やっと見つけたその扉を開いた所で、その先が地獄である可能性も無きにしもあらずである。

とは言うものの、如何なる境遇にあろうとも、しょせん、自分のこころの中の平安こそが最優先事項なのであるからして、結局の所、現状維持であろうが、地獄に放り込まれようが、関係無い事なのかも知れない。

・・・否。それは、現実逃避に過ぎない。

重要なのは、現状を正確に認識する事であり、問題なのは、現状に対し、いちいち嘆き、悲しみ、立ち止まってしまう事なのだ。

動かせる大きさの石ならどかせば良し。それが無理なら、自分がそこから立ち去れば良し。

大事なのは、自分が“動く”と言う事である。

そしてまた、思考(思想)もある種、こころの運動であると言える。

自分が動かずして、他人は動かない。
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