Mr.エレクトの独り言 被搾取人種総決起論

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

被搾取人種総決起論

私達、被搾取民族に、最も必要なのは、「何かを得るためには、何かを犠牲にしなければいけない」と言う発想を、根幹から改める事である。

否。改めるのでは無く、“受け入れない事”・・・か。

支配者と奴隷の間で結ばれる、不平等条約において、“等価交換”など、決して有り得ないのだから。

とは言え、もちろん、価値観は人それぞれ異なり、“未来を失う事と引き換えに、刹那の刺激を得ようとする人間”も居る訳だから、一概には、そうとも言い切れないが・・・。

ともかく、子供の頃に教えられた(刷り込まれた)常識を、もう一度、疑ってみる必要があると言う事である。

「働かざる者、食うべからず」。そんなのは大嘘である。そもそも、土地を持っている人間は、家賃収入で食っていけるのだから、誰もが働く必要なんて、どこにも無いのだ。

「資産も持たぬくせに、働かざる者は、食うべからず」が、正しい。

そう考えると、家賃収入で食ってる奴も、ある種のニートだな。先祖の脛を齧って生きている訳だから・・・。

あまりにも短い人生の貴重な時間を切り売りし、流す汗と引き換えにして得た金で、本当に求めていた“願い”が叶うならまだしも、その反対に、日頃の苦労や疲労を回復するためや、憂さ晴らしのために、買い物をしたり、娯楽やギャンブルやら何やらへ、身をすり減らして働いて得た、なけなしの金をつぎ込んでいたのでは、何が何やら解らないではないか。

それなら初めから、給料は少なくとも、好きな仕事や、ストレスの溜まらない仕事をした方がマシである。

もちろん、やりたい事や、欲しいモノを得るためには、金がかかる場合もあるゆえ、どうしてもお金と言うものも必要ではある。また、高価なモノが好きなら批判のしようもあるが、諸々の理由から、自分の好きなものが、たまたま高価であったと言う場合もあるだろう。

だけど、何と言うのだろう。やりたい事にせよ、欲しいモノにせよ、結局はそれらも、“自己の満足や喜び”を得るための手段に過ぎないのであるからして、厳しい見方をするならば、ここでもまた、本当に欲しいものを得るための、回りくどい方法が用いられているとは言えまいか。

すなわち、私達は、自分の欲する目的のために、何度も手順を踏み、その度、本来ある欲望や情熱を、薄められ薄められ、最終的には、ほんのわずかの報酬や、満足を支給されているに過ぎないのが現実なのである。

そして、それらの換金時、あるいは交換時に、労せずして利益を吸い上げようと言うのが、支配者達のやり口なのだ。

もう一度言う。「働かざる者、食うべからず」なんて言葉は、支配者や搾取する側の洗脳によってもたらされた迷信、否、策略に他ならない。

また、当然、親も子を支配するために、これらの常套句を用いるが、そもそも常識や良識なんて、その時代、その地域における、支配者にとって都合の良い理屈でしかないのだ。もちろん、私達、弱者も、時にそれらによって護られてはいるが、それは単に、“家畜が死んでは、飼い主も困る”と言うだけの話だからである。

フフフ・・・。素晴らしい。実に立派で、理想的なご主人様ではなかろうか。

ゆえに、私達、被搾取人種は、自己の持つ欲望や情熱を、本来の目的達成に向けて、もっとダイレクトに反映させる必要がある。

道徳心に訴えたり、罪悪感を背負わせるかの様な、偽善的な搾取商法には、もう、うんざりなんだ。

自分の満足のために、他人を犠牲にする事は良くないが、自分を満足させるために、自分を犠牲にしてどうする。

ましてや、あちら側は、私達の事を、家畜としか思ってやしないのだから。