Mr.エレクトの独り言 新田たつお著「チェン爺」
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Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

新田たつお著「チェン爺」

店にあるPCでは、CD-Rのコピーが出来ないので、さっき、近所のネット喫茶に行って来マシタ。

以前、高円寺でも店をやっていた時は、古本も扱っていたので、たまたま入荷した、新田たつお著「静かなるドン」を35巻くらいまで読んで、ハマッてしまい、その続きを、ネット喫茶に行く度にコツコツ読んでいたのデスが、前回、最新刊(現在も続巻中)まで読み終えてしまい、さて、Rを焼いてる間、何を読もうか?って事になったので、やはり、新田たつおによる「チェン爺」と言うのを手に取りマシタ。

「チェン爺」は、全3巻。ストーリーに関しては、読めば解る事なので、あえて説明イタシマセン。主題となるメッセージは、ありきたりと言えば、ありきたりなのデスが、それを荒唐無稽なシチュエイションにからめて、深刻になり過ぎない様に描くと言う、「静かなるドン」でも使われている手法が用いられ、非常に読みやすい作品となっておりマス。

漫画と言う表現方法のジャンルは、時に軽視されがちデスが、何と言うのでしょうか。いくら素晴らしいメッセージでも、やはり、それが伝わらなければ意味が無いし、その逆に、伝えたい事が何もないのに、外見だけ取り繕っても、やはり無意味だと感ぢマス。小説であれ漫画であれ音楽であれ、本当に伝えたい事は何であるのか?と言う事が、本来は重要なのに、小説である事、漫画である事、音楽である事、要するに表面的な形式ばかりを優先されても、私にとっては、何の意味もありマセン。私は、小説を読みたい訳でも無ければ、漫画を見たい訳でも、音楽を聴きたい訳でも無いのデスから・・・。

更に、もっと言えば、本当に欲しいものが得られるのであれば、言葉も、洋服も、名前も、未来さえも要らないのデス。

そう言う意味では、小説も漫画も音楽も、“それ”を、悪く言えば、もっともらしい形に、良く言えば、伝えやすい形式に当てはめただけに過ぎない・・・とも言えマス。

・・・とまあ、暗い話になってしまいマシタが、一瞬の刺激や快楽さえも与えてくれない表現が多過ぎるとは言え、他人が自由に行う表現に対し、そこまで求めるのも、こちらの自分本意な要求であり、そんなに言うのなら、「自分でやれば良い」と言う結論に達するのが常なのデス。

「チェン爺」。SFまがいのストーリーは別として、ラストの結末には、作者の理想と言うか、願いが込められており、現実には絶対に有り得ない展開であるとは思いマスが、その部分こそが、新田たつおが最も伝えたい事であり、切望している事であるのかも知れマセン。

何故なら、現実を描き写すだけであれば、何も、新田たつおで無くとも良い訳デスから・・・。

まっ、気が向いたら、読んでみても良いのではないでしょうか?・・・とも思うし、実はどうでも良いデス。この文章は、ただ、自分が読んで、「面白かったヨ」と言う報告に過ぎマセン。

もっと言えば、「ボクって、こう言うストーリーに感動する様なピュアな精神の持ち主なんだよ」・・・て言う、自己アピールにしか過ぎないのデス。

・・・と、自分をクールに分析して、卑下してみせる所が、更にいやらしかったりなんかして・・・。

(きりが無いから、この辺りで思考停止・・・。)

しかし、歪む人間がこれほど多い世の中ってのは、とても、幸せな世の中とは言い難いデスな・・・。