Mr.エレクトの独り言 「マリア観音」ライヴ報告書(2006年5月31日)~前編

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

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「マリア観音」ライヴ報告書(2006年5月31日)~前編

<第一部>
前半はSE+ドラム・ソロ。前回もそうであったが、以前に披露されていた様な、パワフルかつテクニカルなプレイを観せる事を重視したかの様な作風ではなく、あるテーマを決めて、それを忠実に描写するために技術は用いるのだと言う主張を体言するかの演奏。いやしかし、バックに流されるSEに、尺八こそ用いられているとは言え、生演奏のドラム始め、すべて西洋の楽器による演奏であるにも関わらず、何故にこうも“和(日本)”を感ぢてしまうのだろうか。その、細やかで緻密な演奏は、音の大小に無関係に、決して“大人しい”のではなく、むしろ饒舌であり、目を閉ぢれば情景が浮かび上がるかの、イマジネーション豊かな演奏は、ある種、絵描きが一枚の絵を描きあげる様子を、実際に見せられているかの様でもあった。また、木幡の音楽に通底して在るのは、確たる規律に支配され、かつ一瞬足りとも緊張感を失わぬ、“身嗜み”と“洒落っ気”とを併せ持った、洗練された構築美であるが、これらの“粋”な試みを、“風雅”(意:高尚で、みやびな趣のあること)と呼ばずして、一体、何と評すれば良いのであろうか。そう言う意味でも、ここに来て、ドラム・ソロ・パフォーマンスにおける、ある一つのスタイルを確立し得たと言って、過言は無いであろう。また、バンド編成時代は、木幡の、汗が飛び散るステージ・アクション等から、とかく“体育会系”との印象が強かった“マリア観音”であるが、ソロになってからは、木幡の“美術家的”素養が、楽曲や演奏に極自然に反映されていると言う点も、見逃せない事実である。

<第二部>
ゲストである、パンク・バンド“ビル”の演奏。ヴォーカルにはリバーブがかかり過ぎていたきらいがあるが、観客が座席に座ったままで観ると言う、いつもとは大きく異なる環境にも関わらず、貫禄の演奏。楽曲にも、“ビルらしさ”と言うか、バンドのカラーが、確実に備わって来ており、今後は、スタジオ・レコーディングされた音源の発売等が期待される。

ちなみに、いつも音響及び照明を担当して下さっている、曽我氏の力量が、大音量のロック・バンドを扱うにあたり、如実に垣間見えた事も、意外な発見であった。

<第三部>(後編につづく)

★今回、モダ~ン・ミュージック(PSF RECORDS)発行の音楽雑誌「G-Modern」26号(当店でも販売中)において、マリア観音の約1年分のリリース作品のディスク・レビューを、1ページの誌面を割いて紹介して頂きマシタ。編集長の生悦住氏、レビューを書いて下さった吉澤氏に感謝イタシマス。

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