Mr.エレクトの独り言 “管理者”会

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

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“管理者”会

今回の「太田光の私が総理大臣になったら」の後半は、太田総理ではなく、芸能人による提言をマニフェストとしたもので、その内容は、小学校低学年の生徒に携帯電話所持を義務化させようと言うものであった。

これは、昨今の児童誘拐や殺害事件を受けてのもので、携帯電話の機能に、居場所を確定出来る何とかってのがある事と、心配な時に、いつでも連絡が取れる事などから、子供の安全を確保すると共に、親の不安を少しでも和らげようと言うのが目的であろうと思われる。

しかし、私はここに、何かうさんくさいものを感ぢてならない。

何故、義務化する必要があるのか?学習塾と同様に、各家庭が、任意に自由に決定すれば良い事ではないのだろうか?

とは言え、現状では、危機感を持つ親や心配性な親、そして何と言っても、子供に携帯電話を持たせるだけの余裕(大した額ではないのだろうが・・・)のある家庭の子供だけが、携帯電話を持つ事が出来るがゆえ、少々乱暴に言えば、犯人が、携帯電話を所持している子供を避けて、“危機感の無い親を持つ子供”や“携帯電話を持たぬ貧乏な子供”だけが狙われてしまうと言う、“弱い者いぢめ”的な選別がなされてしまう可能性があると言えなくもない。(とは言え、そもそも、子供を狙う事自体が、“弱い者いぢめ”でしか無いのだが・・・。)

よって、特定の地域の子供すべてに携帯電話を持たせる事で、「この地域は犯行に向いていない」と、防犯に関して積極的な地域の子供を狙いにくくする、目論みもあるのかも知れない。

しかし、もし仮に、犯罪者が狙う獲物を“選別”しているのであれば、その論法も成り立つが、場当たり的な犯行の場合、いつだってどこだって犯罪は起きうるし、その逆に、“選別”しているとすれば、携帯電話を持ってる様な子供、すなわち、親に大事にされている子供や、裕福な子供にこそ、犯人の“社会から疎外された逆恨み”が向けられる様な気もするが、如何なものか。先の、整形外科成金娘誘拐の一件もある事だし。

そう考えると、すべての子供に携帯電話の所持を義務化させると言う事は、すべての子供を守ると言うより、自分の子供に携帯電話を持たせる事による安全の確保はもちろん、更に、自分の子供が犯人の“選別”の対象となる事を避けたいがゆえの、利己的欺瞞のカモフラージュではないのか?と言う気さえしてくる。

もっと解りやすく言えば、塀の高い家は金持ちだと思われて、泥棒が入りやすいから、すべての家の塀を高くする事によって、狙われる確率を薄めようと言う魂胆だって事だ。

だって、何のために、すべての子供に義務化、すなわち“他人”にまで携帯電話の所持を押し付ける必要があるのか?本来、持たせたい親が勝手に持たせれば良い話であるし、「持たせた方が良いデスよ」と、啓蒙活動(説得)するのならともかく、一方的に、何でもかんでも管理統一しようとすんぢゃねえよ!!ってな話だ。どうせ、子供の意志だって無視してんでしょ?

だいたい、子供に携帯電話持たせたって、犯人が取り上げて捨てちまったら、何の意味も無いよね。

あっ!!それなら、こんなのはどうかな?

いっそ、子供の体内に、現在の居場所を知らせる携帯電話の機能を埋め込むってのは?

きっと、犯罪も激減するんぢゃない?

いや、マジで、再犯の可能性の高い性犯罪者、特に、幼児をターゲットとする前科者には、居場所を知らせる機能を体内に埋め込んだ方が良いかもね。

そして、ゆくゆくは国民全員に・・・。
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