Mr.エレクトの独り言 広島パンク~ハードコアの歴史⑬(1983年春~夏)
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Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

広島パンク~ハードコアの歴史⑬(1983年春~夏)

時は1983年春。筆者、高校卒業後、今で言うフリーターとなる。

同年5月8日、「広島RockersⅡ」が、WOODY STREETに場所を変えて開催された。残されたチケットの半券によると、日曜日の昼間に行われた様だ。チケットには、“Standing Gig”とのサブ・タイトルの他、「立っていいかな?いいとも!」と言う、サブいタイトルならぬヒジョ~にサブいキャッチ・コピーが・・・。出演バンドは、ナガモト在籍のヒズミ(exLtd.)、前回も出演のストリッパー、ラグタイムの他、YOU、コルセア、必殺仕掛人(←へヴィメタ界に同名のバンドも居たような気がするが別物か?)の、計6バンド。チケットが切り取られているため、筆者も観に行ったはずなのだが、残念ながら全く記憶に無い・・・。

★当日のチケット画像。
P101006376.jpg

そして、これはずいぶん後から知った事なのだが、5月15日に、GAS主催の「デストロイLIVE」がQUESTにて行われており、おそらく、貼りっぱなしのフライヤーかタウン誌のバック・ナンバーか何かで見たのだと思うのだが、その日の出演バンドには、GAS、VARMIN、TRASH(←もちろん、東京のTRASHでは無い)の他、何と!!あの岡山の“肉弾”がクレジットされているのであった。肉弾のソノシートが付けられた、遠藤ミチロウ責任編集ソノシート・マガジン「ING,O!」第3号が発売されるのは、その年の12月であり、それまで岡山県以外での肉弾の知名度など皆無に等しかった訳であるからして、その時点で既に、GASが何らかのコンタクトを取り、隣県のパンク・バンドを招聘していたと言う事実は、非常に興味深く、かつパンク史的にも意義深い事であろう。また、筆者にとっては、肉弾の生演奏を観るチャンスであった、この日のライヴを観に行けなかった事は、今でも悔やまれてならない。・・・とは言え、現在の様に情報が溢れてるどころか、友人知人、あるいは余程の偶然が無い限り、この様なライヴが行われているという告知さえ知る由のなかった時代ゆえ、これは仕方の無い事か・・・。

しかし、ちょうどその少し前、別の、そしてまた重要な出逢いもあった。筆者同様、フリーターとなったヤブキが、ボウリング場でバイトを始めたのだが、先にそのボウリング場でバイトをしていたのが、自我(当時はエクスクレイト)の後藤達也氏であった。筆者のいい加減な記憶によれば、ヤブキが友人とボウリングをしに行った所、ディスチャージのTシャツを着た奴が居て(←注:当時、ディスチャージを知ってる人間は極わずか)、知り合いになった・・・と言うものであったが、ヤブキ本人に確認した所、その逆に、新しくバイトに入ったヤブキが、ピストルズのTシャツを着ていた事から、この人はパンクを好きなんだろうと、バイト先では先輩に当たる後藤氏が声をかけたと言うのが真相らしい。当時、後藤氏は高2で、ハードコア・パンクのバンドをやっているらしいと、ヤブキから聞かされた。

更に、ギターのナカガワが進学のために広島を離れたため、解散を余儀なくされていた筆者のバンドだが、ヤブキ氏の果敢なる行動力から、ヒズミでバンド活動を続けていたナガモトに再び声をかけ、そして何と後藤氏をギタリストとして引き入れ、新バンドを結成。しかも、過去に録ったライヴ・テープをたずさえ、「広島Rockers」の連絡先兼事務所的な役割を担う喫茶店「にっぽん退屈党」へ、入会を申し込みにまで行ったのだから驚きだ。筆者の記憶だと、ヤブキ氏と二人で行ったと思うのだが、ヤブキ氏の記憶によれば、後藤氏含め3人で行った・・・トノコト。ところが、「夏向きでないのでまた今度」と言う事で、結果はあっさり落選(←しかし、夏向きでないって、どんな断り方だよ・・・)。確か、今後やりたい音楽性を重視し、ハードコア・パンクっぽい曲だけ選んだ気もするので、それも原因だったのか・・・。それにしても、この時、ライヴでも決まっていれば、再びバンドをやる事にもなったのだが、残念ながら、このバンドは、リハすらしないまま幻に終わってしまった。今になって考えるに、ヤブキ氏の積極的(強引?)なプッシュがあったとは言え、バンド加入を快く引き受けてくれた後藤氏は、まだ自分のバンド以外に、兼任ギタリストとしてGASには参加してなかったものと思われる。

同年6月、筆者もヤブキも観に行かなかったのだが、自我の前身であるエクスクレイトのライヴにおいて、同バンドが筆者らのバンドの曲をカヴァーしたらしい。曲名は恥ずかし過ぎるからここには書かないが、スロー・テンポの曲で、後藤氏曰く「長い曲が欲しかった」・・・トノコト。おそらくヤブキが、先のバンド結成に向け、筆者らのバンドのライヴ・テープを渡して聴かせたのだろう。

筆者が、実際にエクスクレイトのライヴを観るのは、その年の秋となる・・・。

(つづく)