アンパンが好きか?ジャムパンが好きか?
仮に、私はアンパン派であるとして・・・。
確かに、アンパン好きな人と、話は合うだろう。
だが、アンパンを好きな人ならば、何でも良いと言う訳ではない。
私は、アンパンとジャムパンの、どっちが好きかと言う事を自分で決定する人、そして更に、その観点なり判断基準が似ている人に対して共感を覚えるのである。
ゆえに、その人がジャムパン派であったとしても、パンに関する話こそ盛り上らないかも知れないが、きっと、気は合うはずである。
他人がアンパン食おうがジャムパン食おうが、それ自体がそもそも余計なお世話だと言うのに、アンパン好きとジャムパン好きが対立するなんて、ナンセンス極まりない話だ。
まあ、競うのが目的の野球だとかサッカーだとかの場合は、そのファン同士が対立するのも、やむを得ない事なのであろうが・・・。
それにしても、同ぢ野球好き同士、サッカー・ファン同士と言う訳には行かないのだろうか?・・・と、これは流石に無理か。基本的に、争って勝ち負けを決める事を目的に行っている競技なのだから・・・。
ともあれ、「“何が”好きか?」・・・ではなく、「“何で”好きなのか?」・・・と言う事。
もっと言えば、「好きなもの」しか無い人はつまらない。(・・・と、これまた私がそう考えているだけに過ぎないが・・・。)
「好きなもの」とは、あくまでも対象物である。
しかし、本来は、対象物に向かう個々の姿勢が問われてしかるべきなのではないのだろうか。